札幌から沖縄まで飛び回る?花の(笑)SE時代:自己紹介⑦

伊藤史子です。

改めましての自己紹介。つづきモンで書いています。
前記事はこちらです。

自己紹介① 生まれ~中学まで。フツー過ぎてすみません

自己紹介② なんか違う?と感じていた高校時代

自己紹介③ コンピュータの世界に魅かれ大学受験

自己紹介④ 男子大学に入学し、石投げられる?!

自己紹介⑤ ○○業界の夢が破れてコンピュータ業界へ~就職活動

自己紹介⑥ 少しガッカリだったSE時代の配属先

札幌から沖縄まで飛び回る?花の(笑)SE時代

大手家電メーカーの西日本のコンピュータ会社。
今思えば、ホントいろいろありましたね。

配属後、まずはプログラムの作成などから始まり。
でも気づいたら、

お客さんのところで1週間後に説明できるようになっといて。

の一声で、これまでなかった、最新の画像処理システム(今思えば、スキャナに画像をファイリングするシステム)などの担当に。

そこがまあ、チョー大手の生命保険会社。

そこの開発もするから。

で、知らぬ間に西日本で、そのコンピュータの開発できるのは私くらい?という立場にまで。

それがまだ入社してすぐ~半年ほど。
だから、そのコンピュータを作っていた小田原工場などには何度も行き、まだペーペーにも関わらず、おっちゃんの技師さんと仲良くさせていただいてたり。

また、先輩SEについて、お客様のところに行って、打ち合わせに参加?と思ってたら、いつの間にか、そこのプロジェクトを任されてたり。

北は札幌から南は沖縄まで。
東京・新潟・金沢なども、あるシステムを導入するために、ひとりで駆け巡る月もあったり。

こう書いたら、かっこよく聞こえるかもですが、実はいろいろとトラブルなどもあり、もう大変でした。

急に昭和から平成に変わったときは準備はしていたものの、想定外のことが起こったり。
プログラムのミスがテストで見つかったら、即修正。
お客様から仕様が変更になることもたびたび。そのたびに修正が入る。

家に帰るのは、毎晩夜11時すぎ。
女性機会均等法2年目で、逃げられない。
なのになぜか、女性だということで回ってくるお茶のコップ洗いの当番…。

いいように規則や法律にもてあそばれた?という感じがします。
もう違和感を感じまくってましたね。

そんなこんなでしたが、若かった。
そしてバブルで皆、上昇志向だった。
今思えば、ホント楽しく、充実してましたね。

そして、就職して5年後に、結婚クラッカー

その話は・・・

つづく!
矢印自己紹介⑧沖縄出張の全貌。アレもコレもおひとりさま♪

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