怒涛の1学期号発行★広報委員体験談~開業のきっかけ③ 

広報委員体験談~開業のきっかけ③です。
どうぞ①から読んでくださいね。


思いがけず成り行きでやることが決まった広報委員…。

でもやるからに楽しく、責任を持ってやろうと決意し、委員長も引き受けようと思いました。

結局「やってもいいですよ」という人が現れ、私は副委員長に収まりました。


しかし、やり始めてわかった大変さ…。

広報委員未経験者ばかりで、初めて会ったメンバーと、2ヶ月半後にはPTA新聞の1学期号を発行しないといけない…。

何を書けばいい?どう作ればいい?印刷はどうすればいい?とわからないことだらけ。

私の小学校のPTA新聞では、印刷屋さんは例年同じところに依頼していて、当時はまだ切り貼りによる原稿作成をしていました。

パソコンで打ち出した記事や、絵・図のコピーをPTA新聞と同じ大きさの指定の用紙に貼って、印刷前の完成した原稿にするというものでした。

その方法もほとんど教えてもらわないまま、どうすれば…、と途方にくれました。

しかし、そうも言ってもいられず、時間はどんどん進みます。

私は仕事をしていたので、パソコン全般と、学校側との取材や記事の確認などの交渉を担当し、他のメンバーが取材と原稿作成を担当しました。

幸い(?)学校と職場が近かったため、仕事の前に学校へ行って打ち合わせ、さらに仕事の昼休みにも学校へ行って昼食を食べながら作業の確認や学校側との交渉、そして、仕事が終わってからまた学校や近所のスーパーで…なんてこともありました。

そして、最大の難関の「原稿の切り貼り作成」は、その日に出れる者全員で行いました。

PTAと家事と仕事との両立で、毎日がヘトヘトでした…。プレッシャーと時間のやりくりで押しつぶされそうでした…。何度も広報委員に立候補したことを後悔しました…。

でも、できる者ができることを…という感じで、皆、惜しみなくがんばっていたので、私も言い訳はできない、がんばろうという気持ちになれたんだと思います。

そして怒涛のような日々が過ぎ、何とか1学期号ができました。

1学期号発行後に思ったのは、今どきなぜこんな原始的な方法で印刷屋さんへの引き渡しをしているのか?ということでした。


ソコンで行えば、もっと早く楽にできるのではないか、2学期号はどうしようか、ということでした。

※ 明日に続きます…。

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