阪神大震災から19年…おなかにいた娘

●阪神大震災から19年…おなかにいた娘

1.17…あれから19年。
世間から記憶が薄れていくなか、私は忘れられません…。

さらっと書くつもりで書き始めたのですが、書いているうちに、どうしても伝えたい、という気持ちがあふれてきて、長文になってしまいましたあせる

今回も連載(2回になる予定です…)に分けて、書かせていただきますね。

当時、私は茨木に住んでいましたが、今住んでいるところとは違うところに住んでいました。
茨木市は被害も少なかったのですが、地域により被害の差はありましたね…。
私が住んでいた地域は、比較的、被害があった方だと思います。

まわりは屋根が落ち、塀が倒れて畳のようにきれいに道路に敷かれたような状況のところも…。
我が家もかなり揺れました。

しかし1キロも離れていなかった実家はそれほどでもなかったよう…
茨木でもそんな状況だったので、神戸や淡路島は相当なんだったと思います。

私は5月に生まれてくる赤ちゃんがお腹にいました。
お腹が大きくなるのが早く、もうすでにかなり大きい妊婦でした。

揺れがきた瞬間、突然のずん!とした突き上げるような揺れの後、激しい縦揺れが…。そのあとに横にシェイクされるような感じでした。

その日は連休明け、我が家のオヤジTさんと一緒に寝ていましたが、あまりの揺れに何が起こっているのかわかりませんでした。
そしてTさん、私の上に覆いかぶさって守ってくれたんです…。

もちろん新婚間もないこともありましたし、お腹に赤ちゃんがいたこともありますが、今思うとなんてありがたいことなんでしょう…。

そして、揺れがおさまったころ、冬の6時前、まだ暗い中、外に出て確認…。
近所の人の何人かが外に出ていました。
しばらく停電していたので、ラジオを持っていた人から、状況を確認。

すると、茨木が震源地?とくらいに思っていたのでしたが、どうも淡路島が震源地らしい…

それから電気が復旧し、テレビをつけると信じられないような光景が…。
時間を追うごとにさらに信じられない…。
テレビで出ていたのは倒れた高速道路…。

私の大学時代に過ごした街、神戸が…。
倒れた高速道路の真横にあるはず…。

どうなってるんだろう…。
大学はどうなったんだろう…。
神戸の街はどうなったんだろう…。

その前日、実はその倒れた高速の下にある国道43号線を使って、神戸の「モザイク」に遊びに行っていたTさんと私…。

子どもが生まれたら、なかなか遊びにいけないだろう、という気持ちで出かけ、懐かしい気持ちでその高速の下を通ったのです。

でもまさかこんなことになるなんて…。
不安な気持ちでテレビを茫然と見ていました。

つづく

矢印当たり前の生活に感謝…。大事に守ってきた命

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