怒るということは覚悟が必要。言う方も覚悟が必要

伊藤史子(いとうふみこ)です。

今年後半は、ちょっとモヤモヤしたことがあって、自分の中で消化できずにいました。
何度もブログに書きかけて下書き。
このまま書いても自分の中で納得しない。伝わらない。
書かずにもう終えようかとも。

でも・・・。

そんなモヤモヤした中で日々のブログを書いていたら、ブログの記事が縮こまり、自分らしさが減っていたようにも思います。

そして、やっと気持ちの整理がつき、この気持ちとさよならしようとと思います。

怒るということは覚悟が必要。言う方も覚悟が必要

最近、自分の心に正直に生きる、とか。
潜在意識を云々、とか。

とても多いですよね。
これも時代の流れなのかな、とも思いますが・・・。

あるとき、私に怒りをぶつけてきた人がいました。
私はそのときは納めようと思い、話を聞き、理不尽ながらも謝罪しました。

私は子供のころ、親がかなり厳格な人で、今思っても理不尽だな、と思うことで怒られてきました。
そして、いつも心の中で悔しい思いをしながら、謝ってきたという背景があります。

謝らないと、あの家では生きていくことができなかった。
それが自分の生きる術(すべ)だったのです。
親の顔色をいつも見てきたように思います。

そして、大人になって、家を出て、自分の意見もいえるように。

そして、あるとき、私に怒りをぶつけてきた人。
そのときは、とっさに幼いころからの習性で謝ったんです。
でも、ものすごくモヤモヤした気持ちが今も残っている。

そして、なぜその人が私に怒りをぶつけてきたかもわかってました。
それは、私に対しての怒りだけでない。

過去の自分とか、幼いころからのいろいろなことに対しての怒り

それを私にぶつけてきた、と感じたんですね。
私には許されると思って、ぶつけてきたんだな、と思っています。

怒る、ということは自分はすっきりするかもしれない。
でも、先日、この記事を書きましたが・・・

矢印怒るということと、伝えるということは違う。

相手は、その場では謝るかもしれないけど、伝え方を間違ったら、心にものすごく残ります。

怒るのではなく、いやだ、という気持ちを冷静に伝えるかどうか、ということ。

感情での怒りは、相手には伝わらない。

そして、相手はその場では謝るかもしれない。
受け入れているように見えるかもしれない。
でも、その場でなにも起こってないように見えても、相手の心には、やはり残っているんです。

そして、怒りを、その当事者に、また愚痴として周りの人にぶちまけるのではない。

伝える、ということ。

どうしてほしいということを伝える。

だけどね、そんな相手ばかりではない。

我慢しない相手だったら…
伝わらない相手だったら…

関係が断たれるかもしれない

反逆されるかもしれない

そして、心やさしい相手だったら…

悲しんでいるかもしれない。

傷ついているかもしれない。

怒る場合はそういう、後に起こることへの覚悟も必要なんです。

そして、腹が立ってしまったら。
言う方も 覚悟 を持って言ってます。(私の場合は)

私はできるだけモチベーションをあげるよう、時と場合、またその人の個性や経験も見ながらアドバイスをしています。
でも、告知記事の添削などが続き、だんだんとアドバイスも厳しめになってくることもある。

実のところ、当たり障りのないことだけ言って、嫌われずに済む方がいいのか、とか葛藤することも・・・。
でも、それではステップアップしない。

厳しいと取るか、ありがたいとるか。
それはそのときのメンタルにもよる。

あなたのために、なんて上から目線な気持ちはありません。
いつもフラットな気持ち。

ここをこうしたら伝わるよ。

こう書いたら「ソレ私!」という人がいるよ。

もっと心に響くよ。

私はいつもそんな目線です。

アドバイスを受け取るのも、振り払うのも自由。

そして、相手の気持ちがわかるかどうかで、今後、この世界で生き残っていけるか、変わると思うのです。

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